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「今日も上手にケーキが切れない。」by 横溝鞠子

君はどうする?それなら私は。

今夜はどうしても外せない予定がある。
そしてそれに間に合わせるためには、次に来る電車に乗らないと確実に間に合わない。

私はまりこ。
30歳もとうに超えたのに、時刻という概念に追いつけない女。

駅の階段を駆け上ってそしてまた駆け降りて駅のホームに立ち電光掲示板を見ると、次の電車まであと2分。
ようやくホッとしてベンチに腰掛けたところ、斜め後ろの席で海老も真っ青な海老反りをしながらオロナミンCを飲んでるおばあちゃんがいた。
もう時刻も20時過ぎだというのにその組み合わせが何ともキュートで「オロナミンC飲んでる」「すげえ反ってる」と何となく横目に見ていたが、おばあちゃんはすぐに立ち上がりベンチを後にした。

予定通りに電車は来た。ホームに滑り込んでくる電車に乗ろうと立ち上がったその時、先程のオロナミンCおばあちゃんの物と思しき鞄が置きっぱなしになっているのが目についた。
一瞬置いただけか?戻ってくるのか?
それにしても不用心すぎないか?
慌てて周りを見渡して、何メートルか歩きおばあちゃんの姿を探すも、どこにも姿が見当たらない。

「絶対忘れてる」

そう思うが早いか慌てて踵を返し、鞄を掴んで駅のホームを走った。
鞄に何が入っているのかはついぞ知らないが、何だか片手で持つには重いような気がした。
私はその中身なんぞ知ることもなく、向かいに停まっていた出発待ちの電車の中を走って、何の特徴も覚えていないが「ババア」という情報だけを頼りに走って、走った。
 

NO ババアである。
見回せど見回せど、NO ババアなのである。
 

しかして私の右手にはババアの物であろう鞄。
駅のホームで一休みして、改札を出てしまったのか?
私が乗りたい電車の発車のブザーが鳴り始めた。
電車のドアが閉まってしまう。
これに乗らなくては予定には間に合わない。私も今日を逃すわけにはいかない。

せめて駅員さんに…!と思い、駅のホームを走りながら駅員を探す。NO 駅員である。
 

NO ババア、NO 駅員。
NO music、NO lifeってこんな感じ?そりゃヤベェや。
 

そんなくだらないことを思いながらバカたれそんな場合か!と思いつつホームを走った。
発車ベルが鳴り終わる。
ああもう!この際!!と思い、ドアが閉まる直前、元々座っていたベンチまで全力で走りおばあちゃんの荷物を置いた。投げ捨てるような形になり、そして私は、勢いよく電車に滑り込んだ。

何てこった。
何とも中途半端な結果になり、私は困るであろう人を助けることも出来ず、自分の予定を最優先にする人間なのだ。
ここは予定を飛ばしてでも駅員に渡して、後を託すべきだったんじゃないのか、それが人としてするべき事だったんじゃないのか。それを、自分の予定と都合を最優先にして、見捨てたのだ。私こそが、自分の欲にまみれた卑しい心根の寂しい人間なのだ。

ドアが閉まった直後、そんなことを思いながら呆然としていると、目の前の窓から、向かいの出発待ちの電車に座っているおばあちゃんを発見した。
おばあちゃんは優先席でまだオロナミンCを、海老も嫉妬するほどの海老反りで飲んでいた。
 

なんか、まあ、どうにかなるだろ、と思った。オロナミンC飲んでたし。いつか地球も滅びるし。
 
 

私はまりこ。
30歳もとうに超えたのに、時刻という概念に追いつけない女。ついでにババアの乗車位置も掴めずに右往左往してしまうしょうもない女。そして、ヒステリカヒストリアというバンドのボーカルである。

もしもこの文章を読んでくれている人がいるのなら『開花宣言』という企画に足を運んで欲しい。
何故ならそこには、親切が空回り、ババアの乗車位置も掴めず、勝手に反省会をするような、人間界でコントロール出来ずに力を持て余した怪物がいるから。
それがとても優しい怪物達だったのだと、事後にそう思えるから。

次回『開花宣言』、皆様のお越しをお待ちしています。

(ついでに、私への励ましのファンレターも。)